毎日いろんなことがあって楽しいですな~
| × [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
今、来年度の事業に向けて
①「カンボジアへの支援活動」 ②「障がい者作業所との連携による広島のお土産販売企画活動」 を計画しています。(詳細は9月にホームページへ記載します) この2つ企画運営を生徒が行います。 今、セイカが①をヒロユキが②を責任者として担当しています。 1日に保護者の方やご協力いただいている方々に来て頂いてプレゼンをするために今事業計画書を作成しているところです。(ほぼ完成) その1ページ目の「はじめに」という項目、要は「なぜ、このような活動をするか?」という「想い」を記載する欄があり・・・・ ヒロユキはなかなかそこが書けません。 私「小学校や中学校の時って、何のために学校行っとったか言える?意味なんか考えずに、行っとったぢゃろ!!ズル休みしたいって思っても、ヤッパリ行かなかったらお母さんに怒られるとか、そんな程度ぢゃろ。」 ヒロユキ「はい、確かにそうですね」 私「ぢゃけど、ヒロユキが高校のときに悩んで学校辞めた時、必ずそこに「何かの意味」があったはずぢゃろ。今回のプロジェクト、確かに私は(生徒達が)『この活動を通じてこういう想いをもってくれたらいいな。』っていうのはあるけど、今は、自分が思ったことをストレートに書いてみたら? 立派なことを書こうとしても今その位置に自分がいなかったら書けんぢゃん。『どうしていいか今はわからない』ってこともある意味『目的』かもしれんね。」という話をしました。 私の恩師、これからビジネスパートナーとしてやっていこうと思っている島ちゃんやその先輩、倫理を学ばしてもらっている方とのお話や、松下幸之助さんの本などなどを通じて・・・各々伝え方は違うけど共通していえることは『価値観をもつ(気付き)』ということが、根っこの部分としてとっても大切ということです。 例えば・・・なんで、みんなポイ捨てするんだろ? A君「自分が捨てたゴミぢゃないし、誰かが拾うんぢゃない?」という価値観。 この彼が、(半強制的だけど)ゴミ拾いを続けたある日。 A君「なんで、こんなにポイ捨てするんぢゃぁぁ!!拾う人間の身にもなってみろ。」という価値観。 結局、彼は今まで自分がしていたポイ捨てをやめました。 今の子ども達って、たいがい頭いいから環境問題やモラルを教えたら理解はできる。 ただ、実践ができない。または見てみぬフリ。 なんでかな~と思ったら、自分自身に価値観がないからでした。 A君は捨てる立場から拾う立場になって初めて気がついたのです。 もし、学校で授業中にうるさい子がいたとして、ぢゃあその子が逆に授業をする側に立ったらどう思うか。 そこで、初めて「ちゃんと聞かないと」という態度に変わり、そしてそのためにはどうしたらよいかという「スキル」に進んでいくのではないかと・・・ 今の教育はまず「スキル」から入り、それがうまく行かないと「態度がなってない」といいます。 でも、それよりもっと大切な価値観(気付き)がないのにできるわけがないのです。 「価値観(気付き)」 ↓ 「態度」 ↓ 「スキル(技術)」 という順番です。 イーハートに来る子ども達は、悩みを抱えてそれが態度として表に出た子ども達です。 ワガママや甘えもたくさんあります。 そういう中でご縁があって出会った子ども達にはまず「価値観をもってほしい」と思っています。 そして、その為のツールとして今の取り組みがあります。 人は利他的なこと(他人が喜ぶこと)をすると脳が活性化するそうです(茂木さんの本に書いてあった☆) 「ありがとう」といわれて悪い気持ちになる人はいません。「またやろうかな!」という気持ちにさせてくれます。 「社会・人の役に立つ実践活動」とはそういうことが体と心で学ぶことができるのです。 PR
8月25日(火)
午後のコンパス活動でトイレ磨きをしてきました。 →初参加のアッキー アッキー「先生、今日トイレ磨くんだったら前もって言って~。手袋もってきたのに~。」 私「素手でやれ!前もって言ったらアッキー来ないぢゃん 」他生徒一同「確かに~!!」 →ヒロユキ「(前、宮島のトイレ磨きの時洗剤で手が荒れて)ミューズでトイレ磨いていいですか?」 私「手が荒れた位で死んだりせん!!免疫力付けろ。」 結局、カネヨンで磨きました。 ヒロユキは見るからに機嫌悪かったけど・・・私はそんなことは気にしません!! →ニオイの元となる尿石 →がんばって取りました(ヒロユキが) →最後は公園内のゴミを拾ってブランコ乗って終わりデス。 いやぁ~最後までヒロユキは機嫌が悪かった・・・ でも、トイレ磨きはちゃんとやった。 こ~いうことも、あ~いうことも、全て自分自身の学びです。 アッキー「病気になったらどうするん?」 私「インフルエンザが流行してもかかる子とかからん子がおるぢゃろ。その子のもっとる強さよ!(アッキーは将来詩を作って海外を回りたいらしい)アッキー、今のままだと海外行ったら即死ぬよ。」 アッキー「ぢゃあ、今の日本の子ども達ってみんな弱いね。」 などなど、汗をたっぷりかきながら、今日のコンパス活動は終了しました。 外での活動って、一人ひとりの特性がとってもよくわかります。 来月18日も国迫公園のトイレ磨きします。 みかけらた気軽に声をかけてください~ませませ。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが・・・
『奇跡のリンゴ』 私の尊敬する方からの紹介で、読ませていただきました。 一言で言うと「確信を得た」ということでしょうか。。。 簡単なストーリー→ 農薬を使わないと実ることのできない「リンゴ」。木村さんは無農薬のリンゴを作ろうと思い一念発起。昔から一つのことにこだわりをもつとトコトンのめり込んでしまう性格と「(周囲の目やここまでやったのだからという思いで)やめられなくなってしまった」という葛藤から、6年の歳月を経て、あることがきっかけで無農薬のリンゴの栽培を可能にしてしまいました。 その道程はもちろん、厳しく、家族を抱えての生活苦や周囲から「変人」とみられた時のことなども書いてありますが、ほとんどがリンゴと害虫の話。 この本はご本人が書かれたものではなく、著者石川さんが2年間の取材の元、書き下ろしとして出版されたものです。 私自身、もう一度「何がやりたいのか」を考えさせられました。 まだ、読んでない方には是非オススメしたいので、詳しくは書きません。 でもちょっとだけ!! 「人間が害虫と呼ぶ虫がいるから益虫も生きられる」というフレーズ、思わずノートに書き写しました。 「養殖の鯛と天然の鯛」どちらがおいしいか、想像しただけでもわかります。 なぜか? この本に答えがあります。 本って読む側が自分の経験を重ね合わせて読んでしまうから、どう感じるかは人それぞれだと思います。 だけど、この本には普遍的な、そしてとても大切なことがたくさん書いてありました。 すごく、グッときました。皆様にも読んでいただきたいです☆ でも本当に「リンゴと害虫」の話ばっかり(笑) Mさんご紹介下さり、ありがとうございました。 =『奇跡のリンゴ』著 石川拓治 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 幻冬舎=
8月21日(金)
今月の座禅・・・テーマ「静かにする」 えツツ?!座禅なんだから当たり前ぢゃない?というテーマ。 しかし・・・ 玄関を入るとき、挨拶をするとき、部屋に入るとき、廊下を歩くとき・・・などなど、ここでは静かにしないといけない、という場所ってあると思うのです。 お寺では「本堂」「食堂」「座禅堂」では声を発してはいけないと渡辺さんに教えていただきました。 歩くときもです。畳の上をドタドタいいながら歩いていいのか?ヒールのサンダルをカツカツしながら歩いていいのか?そういうことに「気付いて」ほしいのです。 人は誰でもまず「自分」を中心として「周り」をみます。今度は、「周り」を中心として今の「自分」を見てほしいと思うのです。 →いつも真面目なセイカ →いつも元気で無遅刻のミサ →遊びすぎて起きれなかったけど、それでも来たチサエ →いつもイヤイヤいいながらも来るアッキー →いつも何かに意味を求めている?ヒロユキ →太光寺から一望できる瀬戸内海をバックに 渡辺さんと(今日も優しいオーラ全開でした) この度もありがとうございました。
8月19日(水)
セイカとヒロユキと知人と私4人で、セイカ父に野球のチケットをいただき、中日戦に行って来ました~(パフパフ) 私の目論見は・・・普段とっても人見知りのヒロユキを応援でハジケさそうと思いましたが・・・席がバックネット裏の超いい席で!! 外野とは違う感覚で、小さく応援してしまいました。 →投げるところを撮ってみた!!ルイス →落合監督かな~と思いつつ・・・違うかも →試合は9対5で負け(涙) でも、最後まで応援しました→これ、ポリシー(負けが分かっても途中で帰らない!!) 余談:前田選手のユニホームをきていた私。後日他の生徒がこの写真を見て。 生徒「先生、若い~。」 私「高校生くらいに見えるぢゃろ!!」 生徒「あっそれはムリ。でも20歳位に見えるYO」 みんなにアイスおごりました☆今年で34歳の私・・・ 後3回野球に行く予定デス☆ 本当は赤松選手のユニホームほしい。(バッターボックスの立ち方がスキ!) 次回は、ヒロユキを外野へ連れて行くゾ~。 そして大きな声で「カープ カープ カープ広島 ひろしまぁカープ」って歌うぞぉ ![]() ついて来い!!ヒロユキぃ~ セイカ父様、めったに座れない席をいただき、ありがとうございました。リッチな気分でとても楽しかったです。 忍者ブログ [PR]
|
立派なことを書こうとしても今その位置に自分がいなかったら書けんぢゃん。『どうしていいか今はわからない』ってこともある意味『目的』かもしれんね。」
」